自省log

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メモ/ブルデュー『パスカル的省察』(1997年)

 フランスの社会学ブルデューの、晩年の理論的著書『パスカル省察』。

以下は読書メモ。読み進めつつ追記する。

目次は出版社ページから。

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序 論(pp.7)

 

Ⅰ スコラ的理性批判(pp.23)
内含と暗黙的なもの  スコラ的性向の両義性  スコラ的性向の生成  大きな抑圧  スコラ的自負心  根底的懐疑を根底化する  添え書き1 非個人的告白  添え書き2 歴史の忘却

 

 
Ⅱ スコラ的誤謬の三つの形態(pp.87)
スコラ的認識中心主義  実践論理  スコラ的障壁  余談 わたしの批判者への批判  利己的普遍主義としてのモラリスム  純粋な快楽の不純な条件  理性の両義性  余談 「純粋」 思考の 「習性的」 限界  象徴的暴力の究極の形態  添え書き アウクトールをいかに読むべきか?

 


Ⅲ 理性の歴史的諸根拠(pp.159)
暴力と法  ノモスとイルーシオ  余談 サンス・コマン  制度化された視点  余談 権力の分化と正当化の回路  ある合理主義的歴史主義科学的理性の二つの顔  界の検閲と科学的昇華作用  起源の想起  反省性と二重の歴史化  普遍化の諸戦略の普遍性

  • バシュラール『新しい科学的精神』→「ということは、ある界を構成する視点をひとたび受け容れたら、もうその界に対して外部の視点をとることはできない、ということである。[…]適切な問題すべてのマトリクスであるノモスはみずからを問い直すにふさわしい問題を提起することができない。
     パスカルの秩序と同じく、すべての界はそれ固有の争点のうちに行為者を閉じ込める。これらの争点は、他の視点、すなわち他のゲームの視点からすれば、見えないもの、少なくとも意味のないもの、いや、幻想となる。」(p.116)
  • …「しかしまた、美術家と作家が、直接的あるいは間接的に、射程の大きい象徴革命(十九世紀のボヘミアン的生活スタイルや今日のフェミニズムあるいは同性愛者運動の反逆的な挑発行動)を巻き起こすことがある。世界観の根本的な分け方原理(オトコ/オンナの対立のような)を変革し、同時にサンス・コマンの諸自明性を問い直すことによって、社会秩序の最も深い構造を覆すことのできる革命である。」(p.179)Actes 113号の論文が参照されている
  • 「言語的フェティシズム」…「すべての文化的現実に、そして社会そのものに、自己充足的かつ自己生成的テクスト、厳密に内在的な批判の対象になるテクストの資格を付与するのは、自立化されたテクストに対する典型的にスコラ的なフェティシズムのなせるわざである」(p.183)。「ジェンダー、国民、発話、人種、いずれも社会的構築物だと指摘するのはよいが、これら社会的工作物を遂行的発話で「抵抗」を歌いあげて「脱構築」するだけで破壊できると信じる、あるいは信じさせるのは素朴、したがって危険である。性や人種、国民によるカテゴリー化は人種差別的、性差別的、ナショナリズム的「でっちあげ」であっても、諸制度の客観性のなかに、したがって事物と身体の客観性のなかに刻み込まれている。[…]いずれにせよ、「現実」の抵抗を捨象してしまう抵抗の現実性は眉唾ものである。」p.184 


Ⅳ 身体による認識(pp.219)
位相幾何学 〔analysis situs〕  社会的空間  内含 / 理解 〔La compréhension〕  スコラ的盲目についての余談  ハビトゥスと身体化  行動する論理  一致  二つの歴史の出会い  性向と位置の弁証法  ずれ、 不一致、 不調


Ⅴ 象徴的暴力と政治闘争(pp.281)
リビドーとイルーシオ  身体による拘束  象徴的権力  二重の自然化とその効果  実践感覚と政治の仕事  二重の真理  ケーススタディ1 贈与の二重の真理  ケーススタディ2 労働の二重の真理  認識様式の認識


Ⅵ 社会的存在、 時間、 実存の意味(pp.353)
未・来への現存  「継起・相続の順序」  願望とチャンスのあいだの関係  余談 さらにいくつかのスコラ的捨象  ある社会的経験 - 未来のない者たち  時間の複数性  時間と権力  願望とチャンスのあいだの関係再論  自由の余地  正当化の問題  象徴資本