自省log

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副鼻腔炎、外書購読、超訳

 2週間ほど前に大風邪を引いてから、鼻の調子が戻らない。耳鼻科に行くと副鼻腔炎だという。副鼻腔炎というのには初めて罹ったが、鼻汁はやまないわ、しじゅう頭が痛むわで、全く消沈している。

 驚いたのは、こういう次第です、と周囲に話すと「ぼくも副鼻腔炎なんです、」という人が少なからず出てくることだ。そのような人は確かに、思い返すと普段から鼻をすんすん鳴らしていて、癖なのだろうと思っていた。しかし話してみると、熱っぽいですよねーとか、ご飯がおいしくなくないですか、とか言いながら平気で仕事をしているものだから、驚かされる。地力の違いだろうか。私は何もしたくない心地だ。

 

 なにもしたくないが講義には出ている。

 相変わらず外書講読は面白い。前回だったか「文法のとれていない箇所ほど意訳になる」と言われた。つまり、理解の不足を埋めるのに空想力をしあさっての方向に働かせるので、どことなく詩的な超訳になると。私の訳について先生がこう評したので、もう顔から火が出そうに恥ずかしかった。

 が以来、そのような例によく気づくようになった。まず原語で通読してから、邦訳にあたる。すると「あれっ、こんなカッコイイこと言ってたっけ」と驚くような文に出合う。原著の該当箇所に戻ると、何のことはない一文なのだ。どうやらごく簡単な文法の取違えから、超訳が起きていたのだろうと分かる。

 さいきんは、文中の following を followed (by) と取違えて順序が逆になり、前後の文との齟齬を埋めるためにとんでもないことになっている翻訳を見つけた。それからすぐに、偶然別のフランス語の訳本が suivant と suivi(e) de で同じことをしているのに気づいて、印象深く覚えている。かすみ目は万国共通。